書評

『スタンフォードの自分を変える教室』レビュー

ケリー・マクゴニガル『スタンフォードの自分を変える教室』

スタンフォードの自分を変える教室あなたは変えられているのか、変えているのか

今回は2012年10月に日本語版が出版され、2013年に日販/トーハン調べのビジネス部門で年間ベストセラー第1位を取った『スタンフォードの自分を変える教室』を取り上げます。読んだ方、これを読んで何か変えられましたか?

説得と納得

説得されたことあるいは説得したことがないという人はいないと思います。 

相手の主張は論理的に納得できたのに、なんだか腑に落ちなかったという経験はありませんか? 

あるいは、まさにこの本を読んだことがある方、この本の著者の肩書がスタンフォード大学で心理学の博士号を取っているとか、本の帯の写真に写っている彼女の美しさであるとか、帯の謳い文句であるとか、そういったものに惹かれて読んで、その時は「なるほど」と思い、自分も人生を変えられると思ったけれど、やっぱり三日坊主だったという方はいませんか? 

心理学の用語に「ブーメラン効果」というものがあります。これは、いったん説得相手をできても相手の気持ちが変わってしまうことを表した言葉です。ブレームという心理学者は、「リアクタンス」という言葉を使って説得に反発したくなる人の心理を説明しています。人は態度の自由や決定の権利を何らかの形で妨げられると反発したくなるのだそうです。 

それがどんな正論であっても、たとえその場では認めざるを得ず、いったん納得したかのようであっても、「なんだかうまいこと言いくるめられた」と感じたり、「そんなにうまくいくわけがない」と考えがわいてきたり、あとから考えを変えたくなることがあるのが人間ということなのでしょう。 

もちろん、そういった心理学の研究を理解したうえで、この授業をマクゴニガル先生はやっていて、この本にもちゃんとそういったことが書いてあります。面白い見出しの章「この章は読まないで」にたっぷりそのあたりの人間心理が書かれています。 

慣性の法則と繰り返しの力

本当に自分を変えるというのは難しいことですね。わたし自身、卒煙しましたし、卒酒しましたし、モラハラさんとの共依存関係を卒関係しているので、自分を変えることの難しさは何度も経験しています。マクゴニガル先生が変化を起こす障害となるものを、どのように捉えてどのように扱えばいいのかを伝授している、その一つひとつの意味がよくわかります。自己変革中の「あるある」オンパレードです。 

残念ながら授業を受けに行くことは簡単ではありません。そして、授業を受けるのと本で読むのは違います。本では技術と理論しか伝えられないのです。泳げるようになるには水泳の本を読むのではなく、実際にプールで泳ぐしかないのと同じことです。 

マクゴニガル先生が変化を起こそうとしている生徒たちに、彼女の教室でやらせようとしたことは、とにかく小さな変化を繰り返し選ぶということです。 

変化を起こすのは事実の積み重ねだけなので、この本がどれほどわかりやすく書かれていて、読んだ人がどれほど変化を起こすための知識や知恵を授かっても、本を読んだだけでは変化を起こせるとは限らないというアンビバレントが起きてしまうというわけです。 

わたしは、私たちが変化を起こそうというときに立ち向かっているのは、怠け心でも心の中の悪魔でもなく、物理で習った慣性の法則だと思っています。 

もしもこの本を読んでも何も変化を起こせなくても、この本のせいでも翻訳のせいでもなく、もちろんあなたのせいでもなく、ましてや世間のせいでも時代のせいでもありません。 

既に動いている慣性の法則に勝てるまでの、小さな繰り返しが足りなかったという事実だけなのです。 

コントロールとマネージ 

変化のための小さな決断と行動の繰り返しが続かない理由は、マクゴニガル先生が丁寧に説明してくださっているので、そちらで読んでいただくとして、マクゴニガル先生の本を読んでいて気になった「自己コントロール」という繰り返し出される言葉を分析してみたいと思います。 

なぜ気になったかというと、わたしは偉人伝が子供の頃から大好きで読んできたのですが、何かを変えることができる人には同じ傾向があると感じており、この「コントロール」という言葉から受ける印象が実は変化を起こすのが苦手な人には苦手な言葉ではないかと感じたからです。 

最初に言葉の定義をしてみましょう。 

まず「コントロール」と似た「マネージ」を使って差を演出したいと思います。このふたつの言葉をこの場だけ以下のように定義してみます。 

コントロール=制する

マネージ=律する

このコントロールとマネージという言葉にどんな違いを持たせたかというと、前者には他人によって、環境によって、自分によって、過去によって、時代よって、コントロールされるという主体である自分は受け身であることを強調し、後者には変化を起こす主体としての自分をあくまでも能動的にとらえるということを強調したいのです。 

禁止は自由意志を奪うものです。そして、禁止されていると思えば思うほど欲望が強くなります。リアクタンスが起きているというわけです。 

たとえ自分に禁止しているのが自分自身であっても、はやり反発心理が働くのでしょう。 

一方で、目的に向かって自分を変えるということが上手にできる人は、禁止されている側に自分を置きません。短期的にどんな結果を得ても、実際に変化を起こすまでの間は、変化を起こす主体としての自分でいるということなのだと思われます。 

選択と行動 

最後に、ビジネス書の書評として書いているので、ビジネスにつなげてみたいと思います。 

コントロール(制する)より、マネージ(律する)方が部下も案件もいい感じに動きます。 

今や経営の基本となったマネジメント法PDCAサイクルなどをはじめ、マネージのハウツーものは山ほどあります。マクゴニガル先生の授業に来た人たちもそういったものを試しても自分を変えることができなかった人たちだったとあります。 

アニル・セスという神経科学者によると、感情的なインプットによって起きる「動機付け」や「目的」が効果的な意思決定のために不可欠であると言っています。 

私たちは何かを変えようとするとき、都度選択を迫られ、その選択は怒りや喜びといった感情が引き起こした「変わりたい」という意思といかにして変わるかという思考のコラボにより行われ、行動として現れ、現実として立ち現れます。 

「変わったらいいな」と主体である自分自身が消極的で受け身であれば、変化の選択をしないため、慣性の法則に従い、変化は起きません。 

会社の経営もマネジメントといいます。 

経営がうまくいかないとき、現状を打破するために何をしますか? それは時代のせいですか? 環境のせいですか? 社員のせいですか? 自分のふがいなさのせいですか? 

時代や環境に振り回されるのではなく、それらを上手に使って「主体的」に変化を作っていくのは個人も企業も同じなのかもしれません。 


この書評は、元の掲載先から許可を得てこちらで再掲載しています。

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